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コンピュータの登場

 

エイブラムス博士によって最初にラジオニクスが始められた国・アメリカから、最も進化した最新の装置が登場することになりました。物理学者で電気技師、また発明家であったウィラード・フランク博士が、80年代初頭に初めてコンピュータを使った装置「Digitron」を、そして1986年に「SE-5 Intrinsic Data Field Analyzer」を開発したのです。そして1998年にそれは「SE-5plus」として改良されました。

 

 

 

 

Dr. Willard Frank

 

 

2008年、フランク博士が亡くなるとその後をドン・パリスが引き継いで再設計に着手、それが現行モデルのSE-5 1000となりました。この装置は「固有情報場(Intrinsic Data Fields=IDF)」を分析しバランスするものとしてよく知られています。ラジオニクスは、その現象を引き起こすものについての理解が進むことによってその様相を大きく変えました。SE-5 1000は伝統的な意味での「医療」には使われていません。むしろギャップは広がっています。非常に応用が効く設計になっているために、今では鉱業や農業、さまざまなビジネスに使われており、その使用法は日々拡大しています。

se-5

デラワーやドラウン、コーペンたちの装置と同じく、SE-5 1000もスティックプレートを検知器として使っています。しかしそれは、これまでのようなゴムの皮膜ではなく、電気回路の基板になっており、その下には幾何学的に配置された回路とスカラー・アンテナが配置され、スカラー情報の場、IDFに正確にチューニングし、増幅できるようになっています。
コンピュータを搭載することによって、たくさんのダイヤルを回してチューニングを合わせる必要はなくなりました。数多くのプログラムが最初から本体に内蔵されており、さらに、USBインターフェイス経由で外部にコンピュータを接続すれば、数多くのチューニングを組み合わせるような処理も格段に容易になります。分析処理もシンプルになり、チューニングを見つけ出すための時間も大変短縮されました。現在、使用可能なチューニングの数は、17,000を超えています。

Last Updated (Wednesday, 15 June 2011 06:40)